精密検査の結果を聞きに
2018年2月9日:検査結果 この時は少し覚悟していて2週間前の精密検査の日よりはかなり落ち着いていた。 1人で病院へ行ったらお医者さんと看護婦さんに「え?1人ですか?」とちょっと驚きながら聞かれた。 もちろん、母は一緒に聞きに行こうか?と言ってくれていたけど、私は断った。 年老いた母を(とか言ったら母は私はまだまだピチピチやで、年老いたとか言わんとって!と言いそうだけど)京都からそれだけのために来させるのは忍びないというのが理由の大半ではあったけれど、それ以上に母が居ると私自身甘えが生じてしまって冷静ではいられなくなる気がしていたからというのが一番だった。 私自身が感情をコントロール出来なくなる様なことがあったら、関係ない母にあたってしまいそうなのが嫌だったというのもある。 「本当は家族と来て欲しかった。1人で大丈夫ですか?」とお医者さんから再三言われたけれど、白馬にいた間に自分なりに心の整理をして覚悟を決めていたつもりだったし、1人で聞いても取り乱さないでいられるとも思っていた。 あまりにも私が冷静に返答しているからか?お医者さんはちょっと驚きつつも安心仕切って次々と話を進めていった。 結果は悪性。 でも、より良い方法を探るためにこれからMRIやCTなどを撮るとのことで全ての日程をFIXすることになった。 幸い、仕事を辞めた私には優先しなきゃいけない予定は特に何も無かった。 だから、全てを病院のスケジュールで一番早く受けられる日を選んだ。 19日 MRI 21日 CT 27日 結果報告と今後の方針決め ということになり、27日は家族と来てくださいと念を押された。 母にそのことを伝えたら検査の時も行こうか?と言ってくれたけど、来てもらったところで何かをしてもらうわけでもないし、新幹線代だってバカにならないんだし、今現在の私は何の不自由もなく動けているんだから、来なくて平気だと伝えた。 そうして、月末の結果を聞きに行くときだけ来てもらうことにした。 この頃よくやり取りをしていた友人や知人たちには、乳がんかもしれないという事を伝えていた。 心配をして病院に着いて行こうか?と言ってくれる人も何人かいた。 けれど断った。 良性だったなら居てもらっても帰りに笑い話にしながらお茶でも出来るけど、悪性だった場合の気まずい空気を想像すると1人の方が気が楽だと思ってしまった。 母にさえ来ないで良いと伝えていたくらいだから、やっぱり他人さんについて来てもらうというのは私の性格的には無理だった。 もし他人さんについて来てもらったら、その人に気を使わせないようにしなきゃ…と思ってしまって自分自身が気を使うことがちょっと億劫で、自分の事しか考えたく無かった。 そのくらい気持ちに余裕が無くなっていた。 とにかく、出来る限り心を穏やかに保ちたいと思っていた。 だから1人が良かった。 幸いにも母が乳がん手術をしていたから電話ではずっと話していて色々聞いた。 母は「もうだいぶ前のことやから忘れたわ。最初は大変やけど日にち薬やからそのうちどうもなくなるし、私なんて今めちゃくちゃ元気やで」と言っていた。 ネットで調べたりはしない様に看護婦さんから何度も言われていた。 母がとにかく楽天的に自分の話をしてくれていたからこの時期の私はあまり悪い様に考えないように自分を持って行けていた気がする。 とはいえ結構無理をしてそういう風に強がっていたのだけど、強がらずにはいられなかった。というのが正解かもしれない。強がっていないと前に進めない状態だった。 1年後、2019年のこの時期は2月9日からの三連休で、ずっと一緒に滑る約束をしていた友人(元お取引先さま)Nさん達と2年越しの約束を果たせて私は雪上にいた。 心から笑った3日間を過ごせた。 Nさんはとてもユニークで心根の優しい可愛い人だ。 たくさん笑わせてもらった。 本当によく笑った3日間だった。 昨年の1年で、ものすごく感じたことなのだけれど、私はすごく人に恵まれている。 沢山の楽しい仲間がいる。 いつもいつもつるんでいるわけでは無いけれど、ふとした時に声をかけてくれる人がたくさんいて、忘れられずに今も連絡をして来てくれる人たちに本当に感謝している。 2019年2月12日...
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